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第35話 人目と噂

last update Dernière mise à jour: 2025-07-15 12:55:24

 神殿への道は、どこからでもよく見える。

 特に階段は見晴らしのよい場所に設置されていた。

 王族のためには王宮から建物内を通って神殿へ行くことの出来るルートがあるのだが、王太子婚約者に過ぎないミカエラは、誰からもよく見える階段を使って神殿へと通っていた。

「ミカエラさま。今朝もご一緒できて楽しかったです」

「ありがとうございます、ミゼラルさま」

 今朝もミカエラは、ミゼラルにエスコートされて神殿へ行った。

 階段の上で待ち構えているミゼラルを無碍にすることもできない。

 常に赤いドレスを纏っているミカエラは、ただでさえ遠目からでも分かる。

 誰からもよく見える階段を第二王子にエスコートされて行き来する第一王子婚約者のことは、すぐに噂の的となった。

 神殿から帰ってきて、残り僅かとなった座学を受けるために王宮内の廊下を歩く。

 王宮内は着飾った貴族令嬢たちが頻繁に出入りするような場所ではないが、使用人のなかに貴族は多い。

 静かな王宮内を好奇の視線にさらされながら歩くミカエラの耳には、ヒソヒソクスクスという小さな声がよく届いた。

 ミカエラは護衛に守られてはいるが、一番大切な場所を守るのは彼女自身の役割だ。

(陰口には慣れているけれど……第一王子と第二王子の両方を誘惑しているって……。ちょっと無理があるのでは? でも他人からは、そう見えるのかしら? わたくしは婚約者である第一王子から冷遇されている婚約者だったはずだけど)

 噂話の自由自在さには慣れているものの、あっという間に風向きの変わった気配を感じてミカエラは1人密かに笑う。

(お2人を手玉にとる悪女だなんて。わたくし、いきなりモテモテの設定に変えられているわ。婚約者から相手にされない厚化粧女は、どこへ行ってしまったのでしょうね)

 ミカエラは長い間、悪意にさらされてきたから今さら多少のことを言われたところで動揺することはない。

 だが今回の展開は初めてのことだ。

(わたくしが王太子妃になる日が近いと感じているからかもしれないわ)

 伯爵家の幼い少女が王太子婚約者と言われれば、簡単に潰せると他人は思うものだ。

(我ながら今日まで良く生き残れたと思うわ)

 貴族同士の軋轢のなかで弾きだされるか、肉塊となって飛び散るか。

 他の貴族たちは、ミカエラのことをそう捉えていただろう。

(だけど実際には、わたくしの
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